caguirofie

哲学いろいろ

#27

――源氏物語に寄せて または 観念の資本について――
もくじ→2006-07-08 - caguirofie060708

章三 《光源氏藤壺》なる対関係――《観念の資本》の動態的過程――

(補注から入る。)

  • 王権・彼岸性・出世間・社会科学主体に関して 何故 《罪》という概念を持ち出して述べるかと言えば あらためて 次のような事情が参観される。
  • 共同主観の視点に立つなら ひと言で言って こうである。原罪つまり 出世間から離れた世間的知の旺盛が 話によると キリスト・イエスの死によって償われた。そしてそれが償われてあることが 社会科学(キャピタリスム社会)の成立とともに 構造的に《社会科学主体(公民・出世間)‐社会主体(市民・世間)》連関の中に 有機的なかたちで 組み込まれることになった。このことのゆえに 《罪》のことばを持ち出している。
  • 観念の資本主義のもとでは 同じその構造を たとえば 蓮如によれば
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