caguirofie

哲学いろいろ

        ――シンライカンケイ論――

もくじ→2005-04-07 - caguirofie050407

第二部 シンライカンケイについて――風の理論――

2005-04-15 - caguirofie050415よりのつづきです。)

第三十八章 ポーラに意思表示はあったが・・・。

(1994.11.19)
《好悪優先原則》を憎みこれを棄てるのであって 人間に伴なう自然の部分 すなわち好悪の感情じたいを否定するということにはならない。ありえない。その〔好悪自然を否定するのではないという〕内容は 《自分と同じように〔人を愛する〕》に含まれる。そしてこの点 ある程度具体的にこの章で補いたいと思う。

  • 世界宗教》の問題は 個人主体を問題とし これを捉えなければ 扱えないと思うからである。
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はてな質問

親が放任主義で相談に乗ってくれたことが一度もなく自分で考えろ!、誰にも相談できない性格に育ちました。社会にでて色々な場面で相談がしなかった事が災いし社内で孤立しています。相談の基本から応用まで学べるところはありませんか?人間として最低限できないといけないことを学べるところなんて、あるものかと途方にくれてます。良い人生を送りたいのです。恋人に相談できるようになりたいのです。愛知県が希望ですが、東海・関西ならば頑張っていきます。ただネットでの相談は慣れているので、対人での訓練を必要としてます。

  • 変わった質問だと思って。
  • いづれも 相手や世の中に 自分を合わせなければいけないという考えがあるのだろうか。和を以って貴しと為すためだろうか。
  • 心理の共同としての 観念の網 観念の運河。細かく穿たれた溝のような水路を 櫂でこぐ舟となってのように 世の中を渡らなければならなくなっている。心理の共同といっても 社会的な=人間関係としての 力学の動態であるから 網をかぶるようにして 水路を漕いで進まねばならぬ。
  • われら日本人は もっと賢かったのではないか。もっと さばけていたのではないか。
  • 《聖なる〈甘え〉》というのも ひとつのくすりだろう。→2005-04-10 - caguirofie050410
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