PASCAL - Le cœur a ses raisons que la raison ignore
PASCAL - Le cœur a ses raisons que la raison ignore
★ 自我の意味がいまいちわかりません。
☆ 《 ego; das Ich; the 'I' 》ですから 《われ;わたし;わたくしなるもの;自己》のことだと思われます。
わづかに 《 alter ego: ほかのわれ;他己;他我》という言葉があって《他我》ともいうのでそれに合わせると 《自我》という訳語もありだと強弁するようです。しかしながら わたし=自己のほかに自我なるものがあるのではないです。
《わたし》が 世界の中にあって ものごとを知覚し整序して記憶し 知解において情報として取り上げさらに編集し そこから意志として欲するところを取捨選択しよいと判断したなら行動に移す。
★ 自分自身をコントロールするするのを「自我」というのでしょうが、
☆ というコトの事情は 上のような要素要因とその過程を言います。
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人間関係の単位体は 任意のふたりの二角関係です。
回答№13
人間関係の単位体は 任意のふたりの二角関係です。
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そこでは ふつう一般に《まなざしを上からそそぐ側とそれを受け留める側》とに分かれます。
軽くこれを《ガミガミ役とアース(接地)役》とよびます。
インマヌエル坊や!!!
▲ (カント:純粋概念のいわば胚芽と素質とは 人間の悟性に宿っている)
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1. 純粋概念のいわば胚芽と素質とは 人間の悟性に宿っている
2. それだから我々は人間の悟性を奥深くさぐってこれらの概念の胚芽と素質とを求めることになるだろう。
3. 純粋概念は かかる胚芽ないし素質として触発を待っているのであるが
コムロケイをどう社会の中に受け容れるか?
1. 世の中の三分法で捉えてみて:
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《ユヅリアヒの精神を生活の中でだいたい実行している》について
同感と共感(浮動層)と反感とに分かれているなら
おおむね平らかであると考えられる。
2. コムロケイおよびマコ――そういったモデルとして――は 三分の一どころか一割にも満たない《反感》派が いま猛威を振るっている。いまひとつのヰルスだ。
神をめぐる人間の忖度について
なぜ、日本人にとって、愛と神とは結び付かないのでしょうか?
No.9
- 回答日時:
1. ギリシャ人は 愛をいくつかに分類していたようです。
クリスチアニズムは その言葉≒概念を利用したとされています。
▲ (ヰキぺ:愛) ~~~~~~~~~~~
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B
① ストルゲー στοργή storgē
キリスト教では家族愛。
(古代ギリシアでは風、火、水、土を結合させる愛、であった。)
② エロス έρως érōs
キリスト教では性愛。
(古代ギリシアでは自己を充実させる愛、であった。)
③ フィーリア φιλία philía
キリスト教では隣人愛。友愛。
(古代ギリシアでは友人の友人に対する愛。)
④ アガペー αγάπη agápē
キリスト教では真の愛。
(古代ギリシアではあるものを他よりも優遇する愛、であった。)
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続きを読む《小室圭文書》はそれですべてだとすると 元婚約者は 話の通じない人であると言っていることになる